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日々の考察しるし

かたっくるしく、尚且つ無編集のブログが売りです。

意識高い系

今日、おおさか維新の党の開く学生マニュフェスト会議というのに出席した。目的は、二つある。すなわち自分の掲げるマニュフェスト、議論の授業化を公表するため。そして、もう1つが優越感に浸るためである。今回は主に後者の考察をしたい。

優越感、自分は日本の民主主義について考えているということを、得意としていたのが本音だ。そして今日、自分は他人とは違うんだ、というその自信を生み出していたが、まさに根底からひっくり返されたのだ。自分は別に特別ではない。探せばいくらでも自分と同じ年齢でその境地に達した人などいる。今まで自分はその「探す」行為を意図的に怠っていた。そして今回明らかとなった事実は自分に話し合う仲間がいるという共有観念から抱かれる幸福感を与えるのと同時に、抱かれるべき不幸でもあった。

しかし、自信を消すという部分的な不幸ではあるけれど、全体を見れば喜ばしいことだ。なぜならその自信は自分が単に自惚れていただけに過ぎないのだ。そして、自信とは常に自分で勝ち取り、自分で喪失させるものなのだ。一度奪われた自信は、更に確固とした自信となって返ってくる。

意識高い系人間というのは、そういった意味で創造的破壊を内部で起こす人なのかもしれない。意識が高いということは他者に自分の意識を発信しなければならない。ゆえにそれだけ自分の意識は別に高くなかったということを知るきっかけを作ることにも直結する。なんということはない。意識高いということを誇ればいい。そしてそのぶん挫折すればいい。